子どもと話して考えた税金を納める意味

最近、我が家でちょっとした「租税教室」が開かれました。

といっても、学校に講師として行ったわけではありません。
夜、子どもと寝る前に話していたときのことです。

きっかけは、部屋を真っ暗にして寝ようとしているときの、子どもの何気ない質問でした。

「車を借りるときもお金ってかかるの?」

子どもにとっては、素朴な疑問だったのだと思います。
何かを使うにはお金がかかるのか。
借りるだけでもお金がかかるのか。

「お金がかからずに借りられるものなんて、図書館の本くらいだろうな」

私はそのように話をしました。

さっさと寝ようと思っていましたが喋りながらノってきた私は、そこからだんだんと税金の話を主軸に話を始めました。

図書館の本を無料で借りられること。
小学校で教育を受けられること。
病院に行った時、無料で治療や投薬を受けられていること。
おじいちゃん、おばあちゃん世代の年金や医療、介護が支えられていること。

これらは、私たち大人が働き、稼ぎ、税金や社会保険料を納めているから成り立っています。

私は子どもに、そんな話をしました。

今年、これまで自分ではあまり経験したことのない金額の住民税通知が届きました。

納付書を見た瞬間、正直かなりの痛税感がありました。自分自身納税予定表はR7確定申告書を出したときに作成しており、その金額とほぼ同額だったにもかかわらずです。

税理士という仕事をしている以上、税金の仕組みは理解しているつもりです。
所得が増えれば税金も増える。
税金が増えるということは、それだけ利益が出たということ。
10万円稼いだら、そのうちの何割は税金として納める必要がある。

理論上はわかっています。

それでも、実際に自分の通帳からまとまった金額が出ていくとなると、話は別です。

「こんなに頑張って稼いだのに、こんなに税金で持っていかれるのか」

そう感じてしまう気持ちは、やはりあります。独立するまでずっとサラリーマンな働き方だっただけに余計にです。

お客様には、
「税金が増えるということは利益が出ている証拠ですよ」
「全部持っていかれるわけではありませんよ」
と説明しています。それ自体、間違った説明だとは思っていません。

しかし、納税者として実際に納付書を受け取ると、理屈だけでは割り切れない感情もあります。
いわゆる「痛税感」というものを、私自身も身をもって感じました。

ところが、子どもに税金の話をしているうちに、私の中で少し見え方というか、捉え方が変わりました。

私が今、税金を納める。
その税金で、子どもたちは学校に通い、図書館で本を借り、病気になったら治療を受ける。


そして、その子どもたちが大人になり、働くようになったとき、今度はその子たちが税金や社会保険料を納めて誰かを助ける側にまわります。

そのお金は、将来じいさんになって働けなくなった私の年金、医療、介護を支えるかもしれません。
また、もし子どもたちにさらに子どもが生まれれば、その次の世代の教育や医療を支えることにもなるでしょう。

そう考えると、税金や社会保険料は、単に「取られるお金」ではないと感じました。

今の世代から次の世代へ。
働ける世代から、子どもや高齢者へ。
今の自分から、未来の誰かへ。

社会の中で、お金が形を変えて流れていく仕組みなのだと思います。

もちろん、税金の使い道について疑問を持つことは大切です。
税金だから何でもよい、という話ではありません。
無駄遣いはないか。
本当に必要なところに使われているか。
制度として公平なのか。
そうした視点は、納税者として当然持つべきものです。

ただ、それでもなお、税金を納めることには意味があります。

今回、子どもに話していて、私はそのことを改めて感じました。

不思議なもので、子どもに教えているつもりが、実は自分が一番学んでいました。

もちろん、痛いものは痛いです。
納税は決して軽い負担ではありません。通帳に一回売上が全額入り、そこからもう一度出金するのは、諸々控除された後に通帳に入金されるサラリーマンの手取りとは感じ方が違います。

しかし、ただ「取られる」とだけ考えるのではなく、
「社会を支える側に回れている」
「子どもたちの未来にもつながっている」
と考えると、4枚の住民税納付書がきたことに、少し誇らしさを感じました。

私は税理士会で、租税教育推進部というものを担当しています。租税教育というと、どうしても制度の説明になりがちです。

所得税とは何か。
消費税とは何か。
住民税とは何か。
税金は何に使われているのか。

もちろん、それも大切です。

しかし、本当に大切なのは、税金を自分ごととして考えることではないでしょうか。

自分が使っている図書館。
自分が通っている学校。
自分が歩いている道路。
自分が受けている医療。
家族が受けている公共サービス。

そうした身近なところから、税金の意味を考える。
そして、自分もいつか社会を支える側になるのだと知る。

租税教育とは、単に「税金は大切です」と教えることではなく、
「自分の暮らしと税金がどうつながっているのか」を考えるきっかけを作ることなのだと思います。

今回、子どもとの何気ない会話を通じて、私自身もそのことを実感しました。

もっとも、ノってきて20分くらい話してたせいか、最後には子どもから、

「うん、わかった。もう寝よう」

と言われてしまいました(笑)

子どもにとっては、寝る前に聞くにはヘビーな内容だったかもしれません。うかつに質問したことを後悔したことでしょう。

それでも、いつか息子が今日話したことを少しでも思い出してくれたらうれしいです。

税金は、ただ取られるものではない。
自分たちの生活を支え、次の世代へつながっていくものでもある。

そう考えられる人が少しでも増えれば、税金に対する見方も少し変わるのではないかと思います。

私自身、税理士として、そして父親として、今後も租税教育について考え、伝えていきたいと思います。

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澤村
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