税理士と社会保険労務士の業際について考える
税理士業務をしていると、毎年のように悩ましい時期があります。
それが、6/1~7/10のちょうど今の期間。労働保険料申告書と社会保険の算定基礎届の時期です。
給与計算をしている顧問先から、
「先生、労働保険の申告書が届いたんだけど、これもお願いできますか?」
「年金事務所から算定基礎届が来たんだけど、よく分からないので見てもらえますか?」
と言われることは珍しくありません。
社長さんからすれば、税理士に顧問を依頼している以上、これらの書類も「税理士にやってもらえる仕事」に見えるはずです。
実際、これらの書類、労働保険料申告書も算定基礎届も、給与データや賃金台帳がなければ作成できません。
しかし、ここで問題になるのが、税理士と社会保険労務士の業際です。
税理士が行える社労士業務はどこまでか
社会保険労務士法では、労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成、提出代行、事務代理、帳簿書類の作成などが社会保険労務士の業務として定められています。社労士でない者が、報酬を得て業としてこれらを行うことは、原則として制限されています。(e-Gov 法令検索)
一方で、例外もあります。
日本税理士会連合会と全国社会保険労務士会連合会は、平成14年6月6日付で「税理士又は税理士法人が行う付随業務の範囲に関する確認書」を作成しています。これは日税連のHPで見ることができます。

この確認書では、税理士又は税理士法人が社会保険労務士法第2条第1項第1号から第2号までに掲げる事務を行うことができるのは、税理士法第2条第1項に規定する業務に付随して行う場合であるとされています。これだけだとわけわからないので、各法律の内容を見てみます。
社会保険労務士法
第二条 社会保険労務士は、次の各号に掲げる事務を行うことを業とする。
一 別表第一に掲げる労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)に基づいて申請書等(行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書、審査請求書、再審査請求書その他の書類(その作成に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識できない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。)をいう。以下同じ。)を作成すること。
一の二 申請書等について、その提出に関する手続を代わつてすること。
一の三 労働社会保険諸法令に基づく申請、届出、報告、審査請求、再審査請求その他の事項(厚生労働省令で定めるものに限る。以下この号において「申請等」という。)について、又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関し当該行政機関等に対してする主張若しくは陳述(厚生労働省令で定めるものを除く。)について、代理すること(第二十五条の二第一項において「事務代理」という。)。
一の四 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成十三年法律第百十二号)第六条第一項の紛争調整委員会における同法第五条第一項のあつせんの手続並びに障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和三十五年法律第百二十三号)第七十四条の七第一項、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和四十一年法律第百三十二号)第三十条の六第一項、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)第十八条第一項、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和六十年法律第八十八号)第四十七条の八第一項、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第五十二条の五第一項及び短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成五年法律第七十六号)第二十五条第一項の調停の手続について、紛争の当事者を代理すること。
一の五 地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第百八十条の二の規定に基づく都道府県知事の委任を受けて都道府県労働委員会が行う個別労働関係紛争(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第一条に規定する個別労働関係紛争(労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)第六条に規定する労働争議に当たる紛争及び行政執行法人の労働関係に関する法律(昭和二十三年法律第二百五十七号)第二十六条第一項に規定する紛争並びに労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除く。)をいう。以下単に「個別労働関係紛争」という。)に関するあつせんの手続について、紛争の当事者を代理すること。
一の六 個別労働関係紛争(紛争の目的の価額が百二十万円を超える場合には、弁護士が同一の依頼者から受任しているものに限る。)に関する民間紛争解決手続(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(平成十六年法律第百五十一号)第二条第一号に規定する民間紛争解決手続をいう。以下この条において同じ。)であつて、個別労働関係紛争の民間紛争解決手続の業務を公正かつ適確に行うことができると認められる団体として厚生労働大臣が指定するものが行うものについて、紛争の当事者を代理すること。
二 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録を含み、申請書等を除く。)を作成すること。
二条1項の別表には各種社労系の法律が明記されています。その中には雇用保険法や健康保険法も明記されています。
次に税理士法
第二条 税理士は、他人の求めに応じ、租税(印紙税、登録免許税、関税、法定外普通税(地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第十条の四第二項に規定する道府県法定外普通税及び市町村法定外普通税をいう。)、法定外目的税(同項に規定する法定外目的税をいう。)その他の政令で定めるものを除く。第四十九条の二第二項第十一号を除き、以下同じ。)に関し、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一 税務代理(税務官公署(税関官署を除くものとし、国税不服審判所を含むものとする。以下同じ。)に対する租税に関する法令若しくは行政不服審査法(平成二十六年法律第六十八号)の規定に基づく申告、申請、請求若しくは不服申立て(これらに準ずるものとして政令で定める行為を含むものとし、酒税法(昭和二十八年法律第六号)第二章の規定に係る申告、申請及び審査請求を除くものとする。以下「申告等」という。)につき、又は当該申告等若しくは税務官公署の調査若しくは処分に関し税務官公署に対してする主張若しくは陳述につき、代理し、又は代行すること(次号の税務書類の作成にとどまるものを除く。)をいう。)
二 税務書類の作成(税務官公署に対する申告等に係る申告書、申請書、請求書、不服申立書その他租税に関する法令の規定に基づき、作成し、かつ、税務官公署に提出する書類(その作成に代えて電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。以下同じ。)で財務省令で定めるもの(以下「申告書等」という。)を作成することをいう。)
三 税務相談(税務官公署に対する申告等、第一号に規定する主張若しくは陳述又は申告書等の作成に関し、租税の課税標準等(国税通則法(昭和三十七年法律第六十六号)第二条第六号イからヘまでに掲げる事項及び地方税(森林環境税及び特別法人事業税を含む。以下同じ。)に係るこれらに相当するものをいう。以下同じ。)の計算に関する事項について相談に応ずることをいう。)
共通することとして、2条には士業の独占業務が書かれていると言えます。
つまり、雇用保険法、健康保険法等における申請書等を作成することは社労士の独占業務ですが、「租税債務の確定に必要な事務」の範囲内であれば、税務顧問の付随業務として行うことができると読めます。そして、提出代行と事務代理は付随業務ではないということになります。
つまり、税理士が社会保険労務士法上の一部業務に触れる余地はあります。
しかし、それはあくまで、税理士業務に付随し、租税債務の確定に必要な範囲に限られるということです。
公開資料だけでは、具体的な線引きが分かりにくい
確認書は、制度の大枠は示しています。
しかし、労働保険料申告書や算定基礎届を名指しして、ここまでは税理士ができる、ここからは社労士に依頼すべき、という形では書かれていません。
平成28年10月15日発刊の日税連会報紙「税理士界」の抜粋資料でも、確認書の内容や年末調整事務の位置づけは示されていますが、労働保険料申告書や算定基礎届について、具体的な可否が明文化されているわけではありません。
ここが、この問題を分かりにくくしている大きな原因だと思います。
特に頭を悩ませるのは、「申請書等の作成」と「事務代理」の区切りはどこなのかということです。申請書等に金額を記載してお客様にお渡しすることは、いったいどちらになるのでしょうか?
日税連登録時研修で示された具体例
一方で、税理士向けの登録時研修では、より具体的な説明がされています。
税理士は毎年36時間の研修受講義務があり、その中でも税理士に新規登録した人が見なければいけない登録時研修というものがあります。
この研修のある科目において、税理士が行える付随業務の具体例として、
年金事務所に提出する算定基礎届の作成
労働保険申告書の作成
が挙げられていました。
これは、私としては非常に重要な意味を持つと考えています。
なぜなら、登録時研修は単なる任意セミナーではなく、税理士制度を理解するための重要な研修だからです。
しかも、講師は日税連の制度部の先生です。
したがって、少なくとも税理士側の実務判断としては、
税理士業務に付随する範囲であれば、労働保険料申告書や算定基礎届を完成させる「作成」までは可能である
という整理を取る十分な根拠になると私は考えています。
ただし、無制限にできるわけではない
もっとも、ここで重要なのは、
「作成できる余地がある」ことと、「何でもできる」ことは全く違う
という点です。
確認書でも、提出代行と事務代理は付随業務ではないと明記されています。(日税連)
したがって、税理士が行うとしても、少なくとも次のような業務は避けるべきだと考えます。
税理士が電子申請する。
税理士が書類を郵送する。
税理士が窓口に持参する。
税理士が年金事務所、労働局、労基署、ハローワークと代理人としてやり取りする。
労務相談や加入義務の判断を主たる業務として受ける。
就業規則、36協定、助成金、離職票、育児休業給付、傷病手当金、労災給付などに踏み込む。
このあたりは、社会保険労務士の専門領域と考えるべきです。
税理士が関与できるとしても、あくまで、給与計算、年末調整、法定調書、決算申告などの税理士業務に付随して、賃金データや給与情報を基礎に書類を作成する範囲に限られると考えます。
実務上の私の考え方
私自身は、次のような整理が現実的だと考えています。
フル顧問先であること。
給与計算、年末調整、決算申告など、税理士業務との関連があること。
労働保険料申告書や算定基礎届の作成は、税理士業務に付随する範囲に限ること。
提出、電子申請、納付、行政機関との照会対応は、事業主自身が行うこと。
労務判断や社会保険・労働保険の専門的判断が必要な場合は、社会保険労務士に依頼すること。
この線引きであれば、日税連の登録時研修で示された具体例とも整合し、確認書の「提出代行・事務代理は不可」という考え方にも反しないと考えます。
逆に、次のような受け方は危険だと思います。
給与計算も税務顧問もない先から、労働保険料申告書だけをスポットで受ける。
算定基礎届だけを単独メニューとして受ける。
社労士業務代行のように広告する。
電子申請や役所対応まで行う。
加入義務、月額変更、労働保険区分、雇用保険資格取得喪失などの判断まで請け負う。
これは、税理士業務への付随という説明が難しくなります。
去年10月、ある税理士が社労士法違反で逮捕されましたが、詳細はわかりませんが労働保険料申告書、算定基礎届の作成にかかわり、提出まで行ったと聞いています。
この事件もあり、税理士側は社労士との業際問題について、よりセンシティブになっている状況であり、どこまでを行うべきか、行わないべきか。それぞれの事務所が改めて考えるきっかけになりました。
なぜこの問題がここまで難しいのか
この問題が難しいのは、税理士と社会保険労務士のどちらかが一方的に間違っているという話ではないからです。
社会保険労務士側から見れば、労働保険料申告書や算定基礎届は、労働社会保険諸法令に基づく書類そのものです。
したがって、社労士業務であるという主張には理由があります。
一方で、税理士側から見れば、これらの書類は給与計算、源泉所得税、年末調整、法定調書、法人税・所得税の損金・必要経費にも密接に関係します。
給与計算を税理士が行っている顧問先について、これらの書類作成を税理士業務に付随するものと考えることにも理由があります。
だからこそ、抽象的な確認書だけでは現場が迷うのです。
本来であれば、日税連と全国社会保険労務士会連合会、あるいは関係行政庁が、具体例を明示したQ&Aを出してくれるのが一番望ましいと思います。
たとえば、
税理士が作成できるもの。
作成はできるが提出代行はできないもの。
作成自体を避けるべきもの。
報酬の考え方。
顧問先限定かどうか。
行政機関からの問い合わせ対応の可否。
こういった点を明確にしてもらえれば、税理士も社労士も、そして何より顧問先である中小企業も安心できます。
最後に
私の結論は、次のとおりです。
税理士は、税理士業務に付随する範囲で、労働保険料申告書や算定基礎届を作成できる余地がある。
特に、日税連の登録時研修でこれらが具体例として示されていることは、税理士側の実務判断として非常に重要な根拠になる。
ただし、提出代行、事務代理、行政機関との代理対応、労務相談、就業規則、助成金、資格取得喪失手続などに踏み込むべきではない。
また、スポット受任や独立メニュー化ではなく、フル顧問先に対する給与計算・税務申告に付随する業務として位置づけるべきである。
税理士として大切なのは、社労士業務を軽視することではありません。
逆に、業際を意識せず何でも引き受けることは、顧問先のためにもなりません。
税理士が行うべきことは、税理士として対応できる範囲を丁寧に見極め、必要な場面では社会保険労務士と連携することです。
ただ、現場で顧問先から相談を受ける税理士としては、抽象的な説明だけでは足りません。
「どこまでできるのか」
「どこからできないのか」
この線引きについて、より具体的で明確な指針が示されることを強く望みます。
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